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大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)9056号 判決 1988年4月27日

原告

光世株式会社

右代表者代表取締役

花田吉信

原告

辻井浩

右原告両名訴訟代理人弁護士

平栗勲

被告

丸山昇

右訴訟代理人弁護士

佐古祐二

太田稔

鬼追明夫

吉田訓康

加藤保夫

辛島宏

安木健

的場俊介

松田繁三

青山吉伸

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告光世株式会社が被告に対し、昭和六二年三月二四日到達の書面でなした被告所有にかかる別紙目録記載の株式の被告から中村秀雄への譲渡承認は有効であることを確認する。

2  原告辻井浩が被告に対し、昭和六二年三月五日到達の書面でなした被告所有にかかる別紙目録記載の株式の売渡請求について、同原告が同月二四日到達の書面で被告に対してなした右売渡請求の撤回は有効であることを確認する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告光世株式会社(以下「原告会社」という。)は繊維品の製造・販売を業とする株式会社であり、被告は原告会社の発行済額面普通株式六万株のうち、別紙目録記載の株式七〇〇〇株(以下「本件株式」という。)を所有する原告会社の株主である。

なお、原告会社の発行する株式については、定款八条に「当会社の株式を譲渡するには、取締役会の承認を受けなければならない」との規定が存し、かつ右規定については昭和五〇年一二月二二日商業登記手続を了している。

2  被告は原告会社に対し、昭和六二年二月一〇日付書面をもって、本件株式を大阪府門真市南野口町二六―二中村秀雄に譲渡することの承認及び右譲渡を承認しないときには譲渡の相手方(以下「先買権者」という。)を指定することを求めた。

3  そこで、原告会社は被告に対し、同月二四日到達の書面をもって右譲渡を承認しないこと及び先買権者として原告辻井浩(以下「原告辻井」という。)を指定することを通知した。

4  原告辻井は原告会社の指定を受けて、同年三月四日金一〇二六万円を大阪法務局に供託し、同日右供託証明書を被告に送付し、かつ同月五日到達の書面をもって本件株式を原告辻井に売渡すべき旨を請求した。

5  右により、原告辻井と被告との間で本件株式の売買価格につき協議がなされたが、右協議が調わないので、原告辻井は被告に対し、同月二四日到達の書面をもって本件株式の売渡請求を撤回する旨通知した。

6  また、原告会社は被告に対し、同月二四日到達の書面をもって先に被告から請求のあった被告から訴外中村秀雄への本件株式の譲渡承認について、あらためて右譲渡を承認する旨通知した。

7  その後、原告辻井は同月二六日先に供託した金一〇二六万円につき大阪法務局に対し取戻手続をなし、その払渡を受けた。

8  しかるところ、被告は原告辻井の前記売渡請求の撤回及び原告会社の被告から中村秀雄への譲渡承認をいずれも無効であるとして争い、本件株式につき株式売買価格決定申請事件(大阪地方裁判所昭和六二年(ヒ)第七九号、昭和六二年三月二四日受付)を提起し、右事件は現在係属中である。

9  しかしながら、右原告辻井の本件株式の売渡請求の撤回及び原告会社の本件株式の譲渡承認は、以下の理由により、いずれも有効である。

(一) 先買権者がいわゆる譲渡制限株式の譲渡承認を求める株主に対して、売渡請求(商法二〇四条ノ三第一項)をなすと、これにより右株式の売買契約は形成的に成立すると一般に説明されているが、右は売買取引における重要な要素である売買価格についての当事者間の合意がなく、右価格が確定して互いに相手方に対し履行を請求できることとなるまで売買契約成立の擬制下にあるにすぎないものというべきである。

したがって、右価格についての協議を重ねていく過程で当事者間で合意に達する見込みがないため、先買権者が当初の買受希望を失うことが起こりうるのはむしろ当然であり、右協議期間が二〇日内と極めて短く定められ(同法二〇四条ノ四第一項)、株主及び当初譲受人を長期間不安定な状態に置くことを避けていることをも考え合わせると、先買権者が先になした売渡請求を自由に撤回又は解除する場合があることを法は当然に予想していると解するべきである。

そして、この場合先買権者は裁判所に対し売買価格の決定を請求することもできるが(同法二〇四条ノ四第一項)、これは義務づけられたものではないうえ、右請求をしない場合には先買権者のなした供託額が売買価格とされるにすぎず(同法二〇四条ノ四第三項)、してみると、売買価格について合意に達せず、更に供託額をもってする売買についても不服がある場合には、当事者としては右価格決定を裁判所に申請するか、或は解除(撤回)を選択することになるのである。右解除がなしえないとすると、先買権者としては常にいかなる場合にも買受を強制され、極めて危険の大きい売買取引となって不合理な結果を招くこととなる。

(二) また株式譲渡制限の制度は商法の基本原則である株式譲渡の自由に対して会社に与えられた特別の権利であり、会社から指定された先買権者の権利も先買権という特権であるから、商法は、会社ないし先買権者がこの権利を行使しない場合(同法二〇四条ノ二第三項、二〇四条ノ三第三項)、或は権利行使の過程で手続懈怠があった場合(同法二〇四条ノ四第六項)には右特権を剥奪し、株主と当初譲受人との間の株式譲渡を復帰せしめることで株主の権利を保護し、株式譲渡の自由を保証することとしている。

右の先買権と先買手続の基本的な性格と構造に鑑みると、先買権者が株主に対し、株式の売渡請求をなし、先買手続を開始したからといって会社ないし先買権者が先買義務までをも負うべきとはいえず、したがって、会社が株主に対し、譲受人へ譲渡不承認の通知をなしたが、その後会社にとって右譲受人が株主となることを許容しうる事情が生じたときは、当事者の一方が裁判所に対し売買価格決定の請求(同法二〇四条ノ四第一項)をなした後はもとより、決定された代金の支払いが済み、株式の移転がなされ(同法二〇四条ノ四第四項)、先買手続が終了するまではいつでも右特権を放棄し、あらためて株主に対し当初の譲渡承認請求を承認することで先買手続を終結しうるものと解するのが相当である。

(三) ところで、当初譲受人は当然に先買手続の最終段階に至るまで株式を譲受けようとする意思を持続することを要し、株主も先買手続の全過程を通じて当初譲受人に対して「株式ヲ譲渡サントスル株主」でなければならず、右は株式売買価格決定申請事件を提起し、これを追行するための要件でもある。このことは商法が先買権者に対し、裁判所の決定した売買価格が供託した金額を超過するとき、右差額を支払って売買を完成することを強制せず、差額不払いを理由として株主が売買を解除し、株主から当初譲受人への従来の譲渡を復帰させることを認めている(同法二〇四条ノ四第六項)ことからも明らかであり、理論的には、前記のとおり、先買手続は当初譲受人が会社の株主たらんとすることを会社が拒否する制度であるから、当初譲受人が会社の株主となる意図を放棄した場合には先買手続はもはや続行する理由を失っているからである。それにもかかわらず、先買手続を続行せしめるべきとするのは、前記の法の趣旨に反し、先買権者に売買を強制する不当な結果を招くうえ、先買手続の実務が会社と株主との間の売買に等しいことに鑑みると、株主に対し会社との関係において、法が厳格に制限する株式買取請求権を事実上与えたに等しい結果となり、法の許容するところではない。

したがって、先買手続開始後に会社のなした譲渡承認を株主が拒否するのは信義則違反であり、先買手続開始後に当初譲受人が買受意思を喪失したにもかかわらず、株主が形式的に残存する先買手続に依拠し、先買権者に対して株式買取を求めるのは権利の濫用というべきである。

(四) そして、右(一)ないし(三)の場合、株主としてはいずれも当初の譲受人に自由に株式を譲渡できるのであるから何ら不利益を受けることはなく、商法の基本原則である株式譲渡の自由は十分に保証されることになる。

10  よって、原告らは被告に対し、原告辻井が被告に対して昭和六二年三月二四日到達の書面でなした本件株式の売渡請求の撤回及び原告会社が被告に対して同日到達の書面でなした本件株式の被告から中村秀雄への譲渡承認がそれぞれ有効であることの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし8の各事実は認める。

2  同9の主張はいずれも争う。

(一) 同9の(一)のうち、先買権者が譲渡承認を求める株主に対し、株式の売渡請求をなすと、これにより株式の売買契約が形成的に成立するとの点は原告主張のとおりであるが、その余の主張は争う。

原告らは右売買の成立が擬制であるとし、その理由として売買価格の合意がない点を指摘したうえ、先買権者に先になした売渡請求の撤回又は右売買の無理由解除が認められると主張するが、右は法律に全く規定のない独自の見解であるうえ、原告らが想定する当事者間での売買価格の協議が調わないときはまさに先買権者が裁判所に対して売買価格の決定を請求すべき場合であり、裁判所が決定する右価格は先買権者が売渡請求をなした時点における客観的な交換価格であるから、右売買成立時においても客観的には売買価格も確定されているというべきであり、先買権者にとっては右売買は自ら選択し実行した売渡請求によって成立したものであり、何ら買受を強制されるものでなく、決定される価格は右のとおり客観的な交換価格であるから危険の大きい売買取引となるものでもないが、原告らが主張する右撤回などを認めるときには会社の不承認の通知及び先買権者の売渡請求によって当初の譲受人が買受の意思を喪失するのが普通であることから株主の地位を著しく不安定なものにし、不合理な結果を招くものといわざるをえず、到底容れられる余地のない解釈である。

(二) 同9の(二)の主張も法律に規定のない原告らの独自の見解であり、到底容れられないところである。会社が株主に対してなす株式譲渡の不承認の通知は何らの条件を付することのできない確定的なものであることを要し、遅くとも先買権者の売渡請求によって売買契約が成立した後は会社がいったんなした不承認通知を撤回し、あらたに譲渡承認をすることを法は予想していない。原告らの主張する先買権の剥奪というのも、商法が先買権者の売渡請求によって売買が成立するのを境にその取扱いを区々にしていることを無視し、非論理的な議論を展開している。

法は右売買契約を成立させた後は、一方当事者の手続懈怠(同法二〇四条ノ三第五項)や債務不履行(同法二〇四条ノ四第六項)による解除権の行使にかからしめて他方当事者の利益を守る措置を講じており、右の債務不履行の場合、先買権者との契約を続行して支払請求をなお追及するか、契約を解除するかは株主の選択に委ねられており、株主はかかる局面で当初譲受人に対して譲渡することの可否も含めて総合的に検討のうえ、右の選択ができるのであり、結局右の規定をもって前記の譲渡承認がなしうる根拠となしえないことは明らかである。

(三) 同9の(三)の主張のうち、当初譲受人が先買手続の最終段階に至るまで株式を譲受けようとする意思を持続することを要し、株主も先買手続の全過程を通じて当初譲受人に対して株式を譲渡する株式でなければならないとする点についてもいずれも法に規定のない独自の見解であるうえ、前記のとおり、不承認の通知及び売渡請求によって当初譲受人が買受意思を失うことがあることを無視した解釈であり、売渡請求をなした先買権者が株式売買を強制されるものでないことは前記(一)に指摘したとおりであり、本件株式を買受けるのは会社ではなく先買権者であるから株主が会社に対し株式買取請求を行使する余地のないことも明らかであり、その余の主張もこれまで反論したとおり全く理由のないものといわざるをえない。

(四) 同9の(四)の主張についても、当初譲受人が買受意思を喪失するなどにより、株主が不利益を受けることがあることはこれまで述べたとおりであり、理由のない解釈というべきである。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1ないし8については当事者間に争いがない。

二そこで、まず原告辻井のなした本件株式の売渡請求の撤回の有効性につき検討するに、前項の当事者間に争いのない事実によれば、昭和六二年三月五日被告と原告辻井間に本件株式の売買契約が成立したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

原告らは右売買成立が擬制であるとし、その理由として右の時点では売買取引における重要な要素である売買価格について当事者間の合意がない旨主張するので判断するに、商法はいわゆる譲渡制限株式の譲渡に関し、一方で会社に対し、好ましくない者が株主となることを阻止するため株主から第三者へ株式譲渡承認を拒否し、先買権者を指定することを認めたが、他方株主が確実、かつ公正な価格で円滑に株式を譲渡し、投下資本の回収を図ることを保障するため、その後の手続について詳細、かつ厳格な規定を定めるが、そのうち売買価格の確定については、まず先買権者は売渡請求に際し、株式の帳簿価格に当たる金額を一応の売買価格として供託し、その証明書を右請求書に添付することを要し(同法二〇四条ノ三第二項)、また株主もその株券を供託して先買権者に通知することを要し(同法二〇四条ノ三第四項)、売買価格の決定につき売渡請求後二〇日内に当事者間に協議が調わないときも、いずれかの当事者からも裁判所に対し売買価格決定の請求がないと、右供託額をもって売買価格とし(同法二〇四条ノ四第三項)、裁判所は売渡請求時点における会社の資産状態その他一切の事情を斟酌して売買価格を決定することを要するなど(同法二〇四条ノ四第二項)、売買価格が円滑、かつ確実に確定する措置を定め、結局売買価格については、第一次的には短期間ではあるが当事者間の協議に委ね、第二次的には裁判所の決定又は右供託額をもって確定することが当初より確実に予定され、当事者が不測の不利益を蒙らないように周到な配慮がなされていること、その後の売買契約の履行についても前記の各供託により円滑、かつ確実になされる措置が講じられていること(同法二〇四条ノ四第五項、六項)、その内容からして株主の会社に対する株式譲渡承認請求及び不承認の場合の譲渡の相手方の指定請求のうち譲渡の相手方請求が先買権者に対する株式売買の申込に当たり、先買権者の売渡請求がこれに対する承諾に当たると解されることなどを総合勘案すれば、確かに、前記の売渡請求の時点ではいまだ売買価格が一義的に確定しているわけではないが、右時点における当事者間の株式譲渡に関する合意を基礎とし、その後に確実に確定する予定の売買価格を内容とする売買契約を法律が特に成立させたものと解するのが相当であり、これをもって本質の異なるものを一定の法律的取扱いにおいて同一のものとみなす、いわゆる擬制にすぎないとはいえず、原告らの右主張は到底採用しがたいところである。

そして、原告らが請求原因9の(一)において、本件売買契約の成立が擬制であることを前提として、先買権者が株主との間で売買価格の協議が調わないときは先になした売渡請求を自由に撤回又は解除できるとの主張も、法律上の根拠が全くないうえ、右に説示したとおり、その前提自体全く理由がないから、その余について検討するまでもなく失当というべきである。

以上のとおり、被告と原告辻井間には昭和六二年三月五日本件株式につき売買契約が成立しており、原告辻井が右契約関係から離脱するには法律で定める契約解除(商法二〇四条ノ三第五項、二〇四条ノ四第六項)やその他債務不履行を理由とする解除をなすほかないが、原告辻井のなした本件株式の売渡請求の撤回は右解除に当たらないことは明らかであり、他に何ら法律上の根拠のないものであるから、無効といわざるをえず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三次に、原告会社のなした本件株式の譲渡承認の有効性につき検討するに、原告らは、請求原因9の(二)において、会社は株主に対し、譲受人への株式譲渡の不承認通知をなし、その後先買権者から株主に対し、株式の売渡請求がなされた後も、譲受人が株主となることを許容しうる事情が生じたときは、会社はあらためて株主に対し当初の譲渡承認請求を承認することができる旨主張するが、その趣旨は会社が先になした株主に対する株式譲渡の不承認通知を撤回し、あらたにこれを承認することと考えられるところ、前記のとおり、譲渡制限株式の譲渡に関し、その手続の進行を詳細、かつ厳格に定め、もって株主の投下資本回収を円滑、かつ確実に図ることを保障している法の趣旨に照らせば、会社が株主に対しなす株式の譲渡承認又は不承認については何らの条件を付すことのできない確定的なものであることを要するうえ、前項で認定・説示したとおり、先買権者が売渡請求をなした時点で株主と先買権者との間で売買契約が成立するのであるから、その後右契約については第三者である会社が株主に対し、右契約に矛盾するような形で、従前の不承認通知の撤回及びあらたに当初の譲受人への譲渡を承認したとしても、右契約に何らの影響を及ぼすものでなく、したがって、原告会社のなした右譲渡承認についても無効といわざるをえず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

四なお、前記当事者間に争いのない事実によれば、原告辻井は先になした供託金について昭和六二年三月二六日取戻しの手続をなし、その払渡しを受けているが、右供託は前記のとおり、その後の代金支払いに充てられるから(商法二〇四条の四第五項、六項)、弁済供託の性格を有するが、株主の投下資本の確実な回収を図るという前記法の趣旨に照らせば、先買権者の負担する代金債務の履行の担保としても要求されているものと解すべきであるから保証供託の性格も併有するというべきであり、したがって、供託者は供託後に任意にその取戻しをなしうるものではなく、その後何らかの事情で取戻しがなされたとしても遡及して供託がなかったものとみなされることはないうえ、右供託は先買権者の売渡請求の時点で要求されるものであり(商法二〇四条ノ三第二項)、この点は本件では前記のとおり要件を充足しているから、右取戻しによって株式の譲渡につき取締役会の承認があったものとみなされるわけではなく(商法二〇四条ノ三第三項、二〇四条ノ二第三項参照)、したがって、前記の売買契約の成立に影響を及ぼすものではないというべきである。

五以上のとおり、原告らの本訴各請求はいずれも理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官佐野正幸 裁判官堀毅彦 裁判長裁判官小北陽三は差しつかえのため署名捺印することができない。裁判官佐野正幸)

別紙目録

一 光世株式会社 額面普通株式七〇〇〇株

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